武漢日本人村のブログ/WUHAN

“才饮长沙水,又食武昌鱼”。ぱっと見劣悪、でも住めば都の武漢市を好きになってもらえるブログにしていこうと思います

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更新情報

まずは状況の整理から。荒尾精が湖北省・武漢市で発展させた漢口楽善堂。この漢口楽善堂は明治期に荒尾精が岸田吟香の援助で運営し、荒尾の中国大陸調査活動の拠点となった。以下の引用は全てWikipediaから。(https://ja.wikipedia.org/wiki/漢口楽善堂)【漢口楽善堂の沿革

毎日新聞「オピニオン」欄に掲載された保坂正康氏の「明治人・荒尾 精の教え」。『対清弁妄』(村上武解説)を読んだ上で、現代において反戦主義者として評価されている勝海舟などと比較して、荒尾精は更に上を行っていたと述べている。この書によれば、「日清戦争に勝利した
『【荒尾精】『対清弁妄』に関する毎日新聞コラム』の画像

岸田吟香も発足時から関わった興亜会。Wikipediaを見ていたら面白い記述を発見。参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/興亜会江華島事件をきっかけにして朝鮮の開化派リーダーの動きが活発となり、当時顧問的な役割を務めていた福澤諭吉の下を訪れた兪吉濬、金玉均、朴泳孝、

『東方見聞録』を著したマルコ・ポーロ。前回紹介したスパイ容疑者の岸田吟香とダブります。(【岸田吟香】中国テレビでの紹介)まずは『東方見聞録』の復習から。出典は『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』よりイタリア人マルコ・ポーロが,1271~95年の小アジアから中
『【マルコ・ポーロ】岸田吟香との共通点』の画像

動画が始まってから12分くらいまでは日本の忍者の歴史などについての前座有り。前回紹介した荒尾精を助けた岸田吟香。講師曰く「日本最初の商人スパイ」。岸田吟香は20歳くらいまでは中文を主に学習して育った。当時から幕府の役人などを見下すようなところがあった。「あれ

動画が開かない場合はリンクから直接ご覧ください。→《张召忠说》第29期 日本间谍 荒尾精【講師紹介】张召忠中国軍通訳、国防大学講師、中国中央テレビ特別評論家などを経て現在は軍事評論家として活躍。英語だけでなくアラビア語、日本語にも堪能。 【内容紹介】00:00-03:5

人口と人種の項目が興味深い。  ここでいう国は清国であり、大清帝国(だいしんていこく)、または清(しん)ともいう。1616年に満洲において建国され、1644年から1912年まで中国とモンゴルを支配した最後の統一王朝。満洲族の征服王朝。清国の人種は、やはり満州族が中心に
『『清国通商綜覧・第1編』の目次を読む①』の画像

表題にある「辛卯」とは”かのとう、しんぼう”と読み、干支の一つ。 干支の組み合わせの28番目。辛卯の歳と言うと1831年、1891年、1951年などになる。ここでは1891年のこと。「歳晩」は”さいばん”と読み、年末のこと。本書が書かれたのは45年間続いた明治時代の24年のこと
『『清国通商綜覧・第1編』の序文』の画像

国立国会図書館デジタルライブラリーで見つけた『清国通商綜覧』(リンクは「荒尾精の本名は荒尾義行」)目次を見ただけでも興奮するような内容。 ボリュームも立派なもので、全3巻。各巻700ページ前後の大作。これを教科書に日清貿易研究所で講義が行われていたのかと思う
『『清国通商綜覧・第2編』の目次』の画像

Wikipediaより、「荒尾義済の長男として生まれる。幼名は一太郎、本名は義行、後に東方斎と号した」とある。文献を調べるとき、 当時の軍の復命書などでは本名の「荒尾義行」が使われている。弟子たちが残した文章では「荒尾精」。なのでインターネットなどで調べるときは両

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